猫のご長寿化が進む今、「がん(悪性腫瘍)」は猫の代表的な死因に。しかし、ネット上には正しいかどうかわかりにくい情報も溢れており、飼い主さんはいざ愛猫ががんになった時、どうすればいいのか深く悩んでしまうこともあります。
そんな現状を鑑み、2021年10月22日(金)に発刊されたのが、猫のがんに関する正確な知識が得られる 『猫の「がん」 〜正しく知って、向き合う』(監修:小林哲也 公益財団法人日本小動物医療センター附属日本小動物がんセンター センター長) 。
本書は、これまでに令和版・猫の適正飼育を訴える『猫からのおねがい 猫も人も幸せになれる迎え方&暮らし』(服部幸:著/Riepoyonn :写真)』や『猫が食べると危ない食品・植物・家の中の物図鑑 ~誤食と中毒からあなたの猫を守るために』(服部幸:著/霜田有沙:絵)を手掛けた猫本専門出版社ねこねっこから発売された、猫の飼い主さん向けの実用書。
ペットのがん診療の最前線に立つ、獣医臨床腫瘍学の専門医・小林哲也先生を監修に迎え、イラストを交えながら、予防や早期発見、診療の流れなどを分かりやすく紹介。
また、構成や文を担当した編集・ライターの郡司真紀さんには実際に乳がんを患った愛猫を介護した経験があり、知りたい情報がくまなく得られながら、闘病する飼い主さんの心にも寄り添った1冊 となっています。
今回はねこねっこの代表・本木文恵さんと郡司さんに、本書にこめた想いを取材しました。
1年半の制作期間をかけた「猫のがんに特化した実用書」
――今日は宜しくお願い致します。早速ですが、なぜ猫のがんに特化した書籍を制作されようと思ったのでしょうか?
本木さん:きっかけは身近な方から愛猫が「がん」になったとよく聞くようになったり、SNSでがん闘病のお話をよく目にするようになったな、という漠然とした実感でした。がんは高齢期の猫がかかる代表的な病気という認識はあり、過去に記事制作の経験もあったのですが、調べていくと想像以上に「猫の主要な死亡原因」になっていると気づき、対応できる本の必要性を感じました。
――シニア猫がかかりやすい病気というと、新薬の開発が大きな話題にもなった腎臓病を思い浮かべやすいですよね。
本木さん:はい。腎臓機能の悪化は、猫の宿命ですもんね。けれど、人と暮らす猫の高齢化が進む中、がんもまた「他猫ごとではない身近な病気」になってきていると言えそうです。そのことを飼い主さんたちに広く知っていただいたり、愛猫が闘病している方の力になれたりしたらと思いました。
――たしかに、愛猫ががんになったらどこから情報を得ればいいのか悩んでしまいますもんね。
本木さん:獣医さん向けの専門書や専門雑誌を除いて、猫のがんを詳しく解説した本がなかったことも本書の制作を決めた理由です。人のがんの本は数えきれないほど刊行されていますが、本書は猫のがんに特化した飼い主さん向けの最初の1冊目。だからこそ、正しい情報の発信源にしたいと考えました。
――制作時には担当の分担にもこだわられたそうで?
本木さん:愛猫の乳がんの闘病経験がある編集ライターの郡司さんには中面の構成や文章、獣医師との確認などを行っていただき、私は相談にのったり、いっしょに修正案を考えたりといったサポートに回りました。
表紙カバーの絵は、イラストレーターの山中玲奈さんの個展で彼女にご相談し、実用書でありながら、がんという難しい病気を患う猫の飼い主さんの不安に寄り添うような優しさ溢れる一枚絵に仕上げていただきました。
――実際に拝読して、全ページフルカラーであるところも素敵だなと感じました!
本木さん:最初、本文ページは2色の予定だったのですが、ビジュアルや図表でより分かりやすく…と突き詰めていった結果、全ページフルカラーになりました。
――ペットのがん診療の最前線に立つ小林哲也先生が監修を手掛けておられることも素晴らしいですね。
本木さん:小林先生は獣医臨床腫瘍学の専門医(腫瘍だけを診療する専門家)であり、大の愛猫家。普段は獣医さん向けにレクチャーされていますが、今回はがん診療のベーシックから現在の情報を何度も教えていただき、1年以上かけて本書ができあがりました。
正しくがんを恐れ、向き合うために
――病気にまつわる書籍は専門的なので難しく感じられることが多いのですが、本書は専門用語が分かりやすく解説されていて、読みやすかったです。
本木さん:「根治」や「細胞診検査」など、がん診療でよく聞く、少し難しく感じられるような用語はあえて言い換えず、どんな意味か分かるように解説されています。そうすれば、獣医さんの説明を飼い主さんが理解しやすくなり、実際の闘病時にも役立ててもらいやすいかなと思ったんです。
――がんと一口にいっても様々な種類があることが本書を手に取ると分かるのですが、その中でもご自身が驚かされたがんの情報は?
本木さん:リンパ腫の複雑さです。一言で同じ「リンパ腫」であっても発生部位ごとによって症状の違いだけでなく、かかりやすい年齢も幅があったり、年代によってかかりやすいタイプも変わってきていたりし、勉強になりました。
猫がかかりやすい5つのがんの特徴や検査や治療などは3章で種類ごとにまとまっていますので、ぜひ参考にしていただきたいです!
――本作には大切な情報がたくさん盛り込まれていますが、制作していく中で本木さんご自身はどんな情報が印象に残りましたか?
本木さん:猫のがん診療でも、がんと積極的に闘う「根治」を目指すのか、あるいはがんと闘わずに苦痛を取り除く「緩和」のケアを施すのかの選択を並行して行う考え方が主流となってきていることが印象的でした。
がんは進行や治療の効果、かかる費用、対応できる範囲、飼い主側の事情など、いろいろな観点を踏まえて「決断しなくてはならないこと」が多い病気。なので、いざそのときが来たら、どういった治療を目指すのか獣医さんと相談するためにも本書の情報も活用してもらえたら嬉しいです。
――ネットの情報を鵜呑みにせず、がんという病気を正しく理解し、正しく恐れることにはどんなメリットがあると思われていますか。
本木さん:インターネット上には「正しい」「正しくない」が判断しにくい猫の病気に関する情報もあり、たまたま目にした治療の体験を「うちの猫にもいいのかな…」と飼い主さんが考え、かえって不安になりやすい側面もあるように思います。
自分の愛猫にとっていいかわからない情報に翻弄されないために、まずはエビデンスに基づいた知識を指標にしていただきたいです。
――がん治療は決断を迫られる場面が多いので、飼い主さんはどうしても色々な情報を集めたくなりますもんね。
本木さん:私も愛猫が8才で皮膚のがん(肥満細胞腫)にかかった時、飼い主向けの情報が少なく不安でした。
皮膚のがんを発症した愛猫ちゃん。切除後、再発はしていない
本書も活用していただきながら、信頼できる獣医さんと他のどの猫でもない「愛猫の病気」と向き合っていくことが大切になるのだと思います。
――本書には早期発見にも繋がる情報も掲載されているので、ぜひ多くの方に役立てていただきたいですね。
本木さん:私が愛猫の皮膚のがんに気づいたきっかけは、「右前足の肉球が、一個増えている」でした。
分かりやすいサインが出ないがんもあるため、必ずしも早期発見できるわけではありませんが、飼い主さんが直感した異変が重篤な病気を発見する手がかりになることもあります。愛猫が闘病している飼い主さんだけではなく、猫が大好きな方達にも早期発見・早期治療のために役立てていただけたらと思っています。
今でも大好きな愛猫への想いがここに
――続いては、本書の構成・文章を手掛けた編集ライターの郡司真紀さんにお話を伺います。今日は宜しくお願い致します。郡司さんは、実際に愛猫のがんをサポートされたことがあるそうですね?
郡司さん:本書にも少し書いたのですが、愛猫くりの乳がん闘病を経験しました。子どもの頃からずっと猫と暮らしてきましたが、くりは今まで出会った猫の中で1番気持ちが通じ合う、相思相愛の子でした。
猫雑誌の仕事をしているので、病気に関する知識はあるほうだと思っていましたが、いざ自分の愛猫ががんになるとどうしたらいいのか、どこまで治療するべきなのか、なかなか答えが出せませんでした。
――いざ、「自分事」となると考えこんでしまいますよね。
郡司さん:くりは私にベッタリの超ビビりな性格で、15才という年齢もあり、手術や治療を受けてどのくらい寿命が延びるのか、積極的な治療をしなかった場合とでは寿命が変わるのかなどをかかりつけの獣医師に相談した上で、積極的な治療はしないことに決めました。
――それは勇気がいる決断でしたね。
郡司さん:結果的に、くりは乳がんが分かってから1年8カ月後に腫瘍の肺転移で亡くなりました。
亡くなる1カ月くらい前まで、腫瘍の自壊以外は特別な症状もなく、普通に生活していましたが、ある日、息苦しそうにしていたことから、がんの肺転移が分かって…。
病気になった時から、いつかお別れが来ることは覚悟していたのですが、自分の目の前で、一心同体のように思っていた大切な命が消えていく体験をして、体の震えが止まりませんでした。
その後も「同じ病気の子を持つ飼い主さんに自分の経験を届けたい」という思いはありましたが、ショックからなかなか抜け出せなかったですね。
――そんな時、以前からお付き合いがあった、ねこねっこの本木さんからお声がけいただいたそうで?
郡司さん:くりが亡くなって1年経った頃、「猫のがんの本をつくりたい」というお話をいただきました。でも当初は、くりへの感情が過多になって書くことができないのではないか、とナーバスになっていましたね。
獣医臨床腫瘍学の専門医である小林先生に取材することで、「もっとこういう治療をしてあげれば良かった」と自分の選択を後悔するのではないか、と怖かったのです。
でも、本木さんにも相談するうち、今まさに私がやるべきことだ、という気がして、勇気を出してお受けしました。その際に、本書の5章にある、闘病中に悩むこと、不安に思うことなど飼い主さんに寄り添った内容を入れたいとお願いしました。
本書に書いてあるのは、私が経験した上で感じた問いばかりです。
正しい知識を持つことで、不安を和らげられたら
――かつての郡司さんと同じように、愛猫ががんになり悩んでいる方は多いと思うのですが、郡司さん自身は闘病中どんなことに悩まれ、迷われたのでしょうか?
郡司さん:1番悩んだのは「どういう治療を選択するか」でした。がんの子を看取った知人からも、腫瘍科のある動物病院を教えてもらったのですが、診断がつくと、今の状態や余命が分かってしまうではないか、と怖くて、診てもらうことができませんでした。
当時は普通の精神状態ではなく、今ほど「根治治療」や「緩和治療」などのがんに関する知識をもっていなかったため、この後どうなるのか…というぼんやりとした不安を抱え、「怖い」というイメージしか描けなかったのです。
――がんはどうしても不安が募る病気だからこそ、「こういう治療法がある」と知っておくことは飼い主さん自身の心を救うことにも繋がりますよね。
郡司さん:本書内で小林先生もおっしゃっていますが、飼い主さんの考え方や家庭の事情、猫の性格などもあるので、根治治療は必ずしもしなくてはいけないわけではありません。緩和治療でもやれることはたくさんあるのです。
どんな治療を選択するにしても、まずは猫のがんの正しい知識をもつことは本当に大切だと思います。
――そのためにも本書を制作する上で、郡司さんはどんな点にこだわられたのでしょうか?
郡司さん:がんが分かった時、動物病院で獣医師に説明されても頭が真っ白になってしまいます。そういう時に、この先どういうことが待っているのか、頭を整理して具体的に分かるよう、フローチャートを掲載しました。獣医師の先生にも、この本を活用して飼い主さんに説明をして欲しいと思っています。
また、先述した5章にはがんに限らず、病気の子の闘病や老猫介護をしている飼い主さんに共通する不安について先生方にお答えいただいたので、今はがんになっていない飼い主さんにも、ぜひ読んでいただきたいです。
――本書に深い猫愛が込められていること、お話を伺って改めて実感しました。
郡司さん:愛猫が「がん」になると、いつもは冷静な人でも平常心ではいられなくなり、気持ちがザワザワしてしまいます。
私もそうでしたが、慌ててインターネットで探すと断片的な情報しか得られず、さらに調べて時間を費やしてしまいます。そういう時間を費やすことなく、この1冊でがんという病気、検査、治療法を知って、愛猫と向き合う時間を増やして欲しいです。知識を得ることで、漠然とした「怖い」という不安も少し和らぐと思います。
――そうすれば「今」を大切にできる闘病生活が、少し送りやすくなりますね。
郡司さん:本書は小林先生に取材し、構成を考え、エビデンスとなる英語論文を読んでデータを揃え、小林先生と濃密なやりとりをし…。最後まで、本木さんとデータや論文のチェックを目が痛くなるほど綿密にやっていました。
関係者全員の執念とも言える1冊です。
個人的には、亡き愛猫への想いを込め、1年以上かけてやっと生まれた本ですので、猫への重すぎる愛を受け取っていただけたら嬉しいですね。みなさんの愛猫のお守りのような存在になれたら、と願っています。
かけがえのない小さな命と真摯に向き合ったからこそ生まれた本書は、いわば愛の結晶。ここに込められている猫愛を感じ取りながら、愛猫と最期まで共に生きる「自分たちらしい方法」を見つけてみてください。