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「寿命を全うしたんだと思えた」骨格奇形の猫と家族が過ごした1年3ヶ月

「寿命を全うしたんだと思えた」骨格奇形の猫と家族が過ごした1年3ヶ月

忘れられない猫との出会いは、人を強くする。ゆいさんにとって亡き愛猫の藍(ラン)くんは、そんな存在だ。

ランくん 骨格奇形

ランくんは、生まれつきの骨格奇形があり、1年3ヶ月で天国へ旅立った。ゆいさんはランくんとの日々を通じて命の大切さを痛感。現在は、家族の絆を写すペット専門のフォトグラファーとして活動している。

友人が保護した子猫の里親に立候補

お父さんが猫と暮らしたかったことから、2024年5月にゆいさん一家は一軒家へ引っ越し。あとは保護猫を迎えるだけ…という状態の時、友人が数匹の子猫を保護。ゆいさんに連絡が来た。

好きな柄や見た目の子を選びたいという理由でこの話を断ったら、この子たちはどうなるのか――。そう思い、里親に立候補した。

鍵しっぽを持つランくん。小柄で動きと顔がかわいくて心を奪われた

子猫たちは、野良猫がお寺で産んだ子だ。中には猫風邪がひどく、助かる見込みがないような状態の子もいたという。

友人から相談されたのは、2匹の子猫。2匹とも迎えたかったけど、猫と暮らすのは初めてだったので、ランを引き取りました。

ランくんは賢く、甘えん坊な性格。一番お世話をしていたからか、ゆいさんには特に懐き、後追いや帰宅時のお出迎えをしてくれた。

自分の名前や“ご飯”という言葉を理解していました。感情が分かりやすく、人間の子どもみたいでした。



生後3ヶ月で判明した“骨格奇形”

違和感を覚えたのは、お迎えから1ヶ月ほど経った頃。生後2ヶ月になったランくんは、かかとをつけて歩いていた。

先天性の骨格奇形が判明したのは、生後3ヶ月の頃だった。猫風邪が治らず、セカンドオピニオンした動物病院で歩き方を相談。レントゲンを撮ると、背骨と手足の骨が曲がったり歪んだりしていることが分かった。

まだ骨が完成していないので、将来どうなるかは分からないと言われました。

診断後、ゆいさんはランくんへの接し方を見直し、お腹や脇を持って抱っこしないことを意識するようにもなった。

自分では毛づくろいができず、爪とぎには触れるだけ

トイレは段差がない手作りものを与え、爪は古くなったところをピンセットで剥がしてケアするようになったという。

お迎えから半年後に”背骨の落ちくぼみ”が判明

お迎えから約半年後、呼吸がどんどん荒くなっていったため、かかりつけ医に呼吸器科を紹介してもらう。だが、予約日を目前に控えた頃、呼吸がより荒くなり、近所の病院でサードオピニオン。すぐに総合病院を紹介してもらえ、翌日受診した。

レントゲン検査で分かったのは、成長するにつれて背骨が落ちくぼんでいき、臓器を圧迫して呼吸が苦しい状態であることでした。

走ったりジャンプしたりすることはなかった

本来96~100%あるはずの血中酸素濃度は、88~86%。ランくんは、動物病院からレンタルした酸素室で生活するようになった。ゆいさんは、排泄物をすぐに回収するなど快適に過ごせるように配慮したという。

酸素濃度計量器を使って、酸素濃度が常に30前後になるようにしていました。私に抱っこされることが好きだったので、たまに外へ出る時は酸素マスクに切り替えていました。

食事の時には涙やよだれが出るため、酸素が逃げないように隙間から手を入れてケア。より快適に過ごしてもらいたくて、途中からは犬用ゲージを改良し、広々としたオリジナルの酸素ハウスを作った。

獣医師から教えてもらった、エリザベスカラーとシャワーキャップを使った酸素マスクも役に立った

病気と生きる日々の中でも、ランくんはかわいかった。食後には必ずご飯の周りをかき、「ご馳走様」と表現。背中を触られるとご機嫌でお尻を向け、喉を鳴らした。

骨格の都合上、常に舌が出ている状態だったので本人は大変だったかもしれませんが、その見た目が唯一無二で大好きでした。

「骨が成長しないでほしい」と願った闘病生活

サードオピニオン先の動物病院と総合病院の協力を得て、ランくんの成長を見守る日々。ゆいさんは「これ以上、骨が成長しないでほしい」と願い続けた。

少し手を出すことはあったものの、おもちゃは見て楽しむタイプ

よちよち歩く姿、ピョコピョコ左右に動く尻尾、集中すると左右に顔を傾ける仕草、ダックスフンドのような比率の体など、好きなところを思い出せばキリがない。

成長につれて口元が閉まらなくなり、ヨダレや食べかすが溜まりやすくなったので毎日、顔を拭いていました。

酸素ハウスで生活するようになってから体調は安定していたが、別れは突然訪れた。ゆいさんの母の誕生日であった2025年8月10日、仕事から帰宅したゆいさんの目に飛び込んできたのは、いつもより呼吸が荒く、落ち着きがないランくんの姿。

異常が起きている。そう思い、かかりつけ医であるサードオピニオンした動物病院に連絡。指示に従い、総合病院へ連れて行こうとしたが、ランくんは腕の中で「キュウ」と大きく息を吐き、呼吸が止まった。

「生きられる寿命を全うしてくれた」と死を受け入れた

もうダメだ。そう感じ、泣きながらかかりつけ医に電話をすると、「今から来て」と言ってもらえた。病院では、まだ心臓が動いてることが分かったという。

耳は聞こえていると思います――。獣医師からそう言われ、ゆいさんはたくさん名前を呼び、感謝を伝えた。

たまたま動物病院が閉まった直後だったことや家族全員で看取れたことは奇跡。ランはすごいなと思いました。

やれることは全てした。ひとりで苦しむ時間がほとんどない最期でよかった。そう思う一方、ペットロス後は、「なぜ最期の日にもっと抱っこをしなかったんだろう」という後悔に苦しんだことも…。

だが、獣医から言われた、「寿命はとっくに過ぎていたと思います」という言葉にハっとした。

あと数年は一緒にいれると勝手に思っていましたが、考えてみれば野良では絶対生きていけない体だったな、と。ランは病気で亡くなったのではなく、あの体で生きられる寿命を全うして逝ったんだと思えました。

他の猫より心臓を使い切るのが早かったけれど、生きられるギリギリまでこの世を楽しんでくれた。そう思えるようになってからは最期も含め、全てが“ランくんの完璧な猫生計画”だったと、死を受け止められるようになったという。

なお、SNSでランくんとの日常を温かく受け止めてもらえたことも心の癒しに繋がった。実はゆいさん、猫好きの祖母から悪気なく、「普通の猫じゃない」と言われたことがあり、生前はランくんに関する発信や病気の情報収集が怖くてできなかったそうだ。

でも、亡くなった後にランのことを発信したら、「とてもかわいい」「幸せそう」という言葉をかけてもらえて…。見ず知らずの私たちに涙を流してくれる人がいて、ランが頑張って生きた事実にたくさんの人が思いを寄せてくれたんです。

ゆいさんにとって、ランくんと過ごした1年3ヶ月は人生の中で最も濃い時間であり、一番の宝物。

ランの飼い主になれたことは、人生で1番と言っていいほど幸せなことでした。

亡き愛猫への想いから“ペットフォトグラファー”の道へ

ゆいさんがペット専門の出張フォトグラファーに興味を持ったのは愛猫亡き後、綺麗な写真が残っていない後悔したからだ。

スマホで写真や動画を撮っていたけれど、綺麗な写真は全くなくて…。ペット可のフォトスタジオもありますが、スタジオに来られないペットは撮影が難しいですし。

もともと8年間フォトスタジオでヘアメイクや着付けをしていた、ゆいさん。ランくんの投稿を見た知り合いのフォトグラファーの後押しもあり、ペットの自然な姿を美しく撮影する出張フォトグラファーとして活動し始めた。

その子特有のしぐさや行動、飼い主さんしか知らない唯一無二な個性など、家族が感動するような目に見えない絆の部分を写し出せるフォトグラファーになりたいです。

現在、ゆいさんは里親募集で出会った愛猫ラムちゃんと暮らしている。ラムちゃんは、ランくんにそっくり。生まれ変わりだと確信できる子を迎えたいと思っていたゆいさんは、早すぎる再会に驚いたそうだ。

新たに迎えたラムちゃん

どんな状況も受け入れ、全力で生き切ったランの勇姿からはたくさんのことを学びました。お互いが出会うべくして出会えた。ランの生き方を心から尊敬しています。

身を持って、小さな命の尊さや家族の絆の大切さを知ったゆいさん。消えることはないランくんへの愛は、ゆいさんが撮影する写真にも反映されている。