ある日、ヤシンさんは、道端に倒れている子猫をみつけました。ぐったりとしていて、目はめやにで開いていません。もう死を目前にしているように見えました。
あまりにもかわいそうに思ったヤシンさんは、子猫を車に乗せました。子猫は意識がもうろうとしています。
「これは一刻を争う病状だ」そう思ったヤシンさんは、獣医さんのもとへ急ぐ間、ひたすら子猫を撫で、声をかけ続けました。なんとか意識をこの世につなぎとめたかったのです。自力で食事をとることもできない子猫。獣医さんは「生きるのは難しいかも」と言いつつ、必要な処置をしてくれました。ヤシンさんは、子猫を家に連れて帰ることにしました。もし、死んでしまうとしても、最後までお世話をあげたかったのです。
ヤシンさんの看護と子育てが始まりました。夜は2~3時間おきに起きて、シリンジで子猫に食事を与えます。水も飲めるよう用意しました。子猫は最初はまったく動きませんでしたが、表情を見るとだんだんと生気をとりもどしたようでした。ヤシンさんは、「眠るときには、『次に起きるときまで生きていてくれよ』と祈るような気持ちだったよ」と振り返ります。
自ら動けるようになると、だんだんと子猫のいたずら好きでお茶目な一面が見えてきました。かわいいお顔でヤシンさんに「あそぼ」と誘いかけます。
ヤシンさんは子猫に「ピクス」と名付けました。すくすくと成長したピクスくん、美しい毛並と瞳が印象的な猫になりました。ピクスくんは、命を救ってくれたヤシンさんを全面的に信頼しています。
毎朝ヤシンさんが寝室から出てくるのを待っているピクスくん。ふさふさのしっぽをピンと立てて、喜びを表現します。
ヤシンさんの家には他にも猫ちゃんがいますが、ヤシンさんにいちばんなついているのはピクスくん。いつも近くにいてお顔をなめたり、すりすりしたりします。ヤシンさんにとっても、自らの手で死の縁から生還させた子猫は特別な相棒です。
もし出会うのが、あと数時間遅かったら…、もしヤシンさんが別の道を通っていたら…。そう思うと、ヤシンさんとピクスくんの出会いは運命だと思えてなりません。