静謐な中に、静かで温かな猫の息遣いを感じさせる日本画。
作品を描いているのは、和歌山県在住の日本画家、小熊香奈子さんです。
「まどろみ」
季節の花や食材などをメインの題材としている小熊さんが、猫も描くようになったのは、近所で子猫を保護し、家族に迎えてからのこと。
愛猫の出会いと日本画について、お話を伺いました。
モデルとなる愛猫・コイモちゃんとの出会い
小熊さんが描く猫は、ふくふくとしたキジトラの猫。
この絵にはモデルがいます。
それが小熊さんの愛猫・コイモちゃんです。
コイモちゃんとの出会いは3年前、2019年5月のこと。
「近所の溝で弱っている子猫がいる」と聞き、見に行った小熊さん。
近くに親猫がいるかも…としばらく見守っていたものの親猫は現れず、弱っていくばかりの子猫を見て、たまらず保護を決意します。
獣医さんは「親猫についていけなくなり、置き去りにされたのではないか」と見立てたそう。
保護した当初は骨と皮ばかりでガリガリに痩せていましたが、家に来て日に日にコロコロになっていきました。
コロコロの子猫は女の子でした。
「体の模様といい、大きさといい、掘りたての里芋そっくり」と感じた小熊さんは、愛情をこめて「コイモ」と名付けました。
コロナ禍の中、コイモちゃんを描くように
小熊さんは、日々馴染みのある魚や野菜など、台所の食材をメインのモチーフとして、日本画の制作をしています。
「冬の台所」
コイモちゃんが家族に加わった当初、時折コイモちゃんをスケッチをするくらいで、特にメインの題材にすることはなかったそう。
ところが、2020年、コロナ禍がやってきます。
コロナ禍の自粛期間、どこにも行けず家族全員家に閉じこもる日々でした。気持ちも落ち込んだそんな中、いつもと変わらずのんびりと過ごすコイモを見てずいぶん心が癒やされました。
そんな日々の中、カレンダーやプリントの裏にコイモちゃんをスケッチするようになった小熊さん。
スケッチするほどに、猫の仕草や姿形の面白さに気づいていったそう。
次第に、紙もしっかりしたものに描くようになり、写生もたまっていきました。
翌年、たくさん描いた中から一番コイモちゃんらしいと思う写生を元に、自粛期間中に庭の花で作ったドライフラワーを取り合わせた作品を描いた小熊さん。
「ひととき」
この作品が、2021年・第8回「日展」の日本画部門で特選を受賞したのです。
2メートル近い大きな作品で描くのは大変でしたが、コイモとの出会いとコロナの巣ごもり時間がなければ描けなかった絵なのかな、と思うと感慨深いです。
猫のぬくもりや存在感を表現したい
この2年間で、コイモちゃんをモデルに描いた作品は大小合わせて55点ほどになりました。
絵画用の紙に描いた写生は150枚以上にのぼり、カレンダーやプリントの裏には数え切れないほど描いたそう。
キジトラの模様は、ポーズが変わるたびに色々な表情を見せてくれて飽きることがありません。
毛とその柔らかさが出るよう、また猫のぬくもりや存在感も表現できたらいいなぁと思っています。
絵を見る人が「そうそう、猫ってこんなだよね」と言って下さったら最高に嬉しいです!
中でも小熊さんのお気に入りが、こちらの「眠り猫」という作品です。
「眠り猫」
寝そべる猫の体のライン、そしてキジトラの模様が気に入っています。
あと眠る猫の表現がとても好きな感じに描けて嬉しかったです。
コイモちゃんのことを「マイペースなのんびり屋さん」と表現する小熊さん。
雨の日のコイモちゃん
わたしだ!と不思議そうなコイモちゃん
コイモちゃんを見守る小熊さんの眼差しは、どこまでも穏やかで温かです。
コイモはずっと元気で、好きなように心おもむくままに自由にふるまっていて欲しいです。
その姿を描き留めていけたら私は幸せです。
温かな眼差しを通して、繊細な筆致で描かれる作品たち。
小熊さんの作品が多くの人の心をとらえるのは、その愛情あふれる穏やかな時間が、絵画を通して見る人にも伝わってくるからなのでしょう。