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本当に必要な子に届かない…問題視される「ペット用療法食の高額転売」

本当に必要な子に届かない…問題視される「ペット用療法食の高額転売」

様々なペットフードメーカーから発売されている「療法食」は病気を患う子が唯一安心して口にできる、命を紡ぐご飯。しかし、近頃は療法食がフリマアプリやインターネットオークションなどで高額転売され、本当に必要な飼い主さんがフードを入手できない状態になっています。

そんな転売問題を解決すべく、奮闘しているのが広島市にある動物病院『まるペットクリニック』の院長・菖蒲谷友彬さん。菖蒲谷さんの働きにより、メルカリやラクマ、ヤフオクではペット向け療法食が出品禁止になりました。

高額転売は転売屋のせいだと思われがちですが、菖蒲谷さんいわく、今回の問題にはそれだけでなく、もっと複雑な事情も関係しているのだそう。そこで今回は療法食の基礎知識と共に、ペット療法食の高額転売が起きた理由や問題の解決法をお聞きしました。

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療法食は正しく与えてこそ「薬」に

――本日は宜しくお願い致します。まず、お聞きしたいのですが、そもそも療法食とは本来どのようなものなのでしょうか?
菖蒲谷さん:療法食は食事療法を行うための食事であり、病気の動物に合わせてあえて栄養バランスを偏らせているものもあります。誤った使用や自己判断での購入にはリスクがあるため、必ず獣医師の指導が必要です。療法食についての法規制はありませんが、私たちは「医薬品」のような位置付けで扱っています。

――獣医師の指示なく自己判断で療法食を与えると、どんなことが起きる可能性があるのでしょうか?
菖蒲谷さん:例えば動物病院で「肝臓の数値が高い」と言われた時、「肝臓」という文字が記された療法食を購入される方もおられますが、多くの場合それは間違いです。

ロイヤルカナンから発売されている肝臓の療法食

肝臓の療法食は肝臓の数値が高い「肝障害」ではなく、肝臓の機能が低下する「肝不全」に使用します。肝障害の中で胆嚢に原因がある場合、肝臓の療法食のような高脂肪食はむしろ禁忌です。

――健康を守りたいと思っているのに、逆に命を脅かす危険があるということですね。
菖蒲谷さん:以前、先代猫を腎臓病で亡くしたため、「次の子は腎臓病にしない!」と思い、子猫の時から自己判断で腎臓の療法食にされていた猫ちゃんを診察したことがありますが、必要な栄養素が欠乏し、成長不良となっていました。

腎臓の療法食は「腎臓に良い」のではなく、「腎臓に悪いものを排除」したものなので、子猫の成長に必要な栄養素まで排除されてしまい、その子はそれ以上成長することができなくなってしまいました。

療法食にはドライタイプもある

――獣医師に相談した上で与えなければならないのに、療法食はインターネット上で簡単に購入できてしまうのが現状ですよね。
菖蒲谷さん:療法食メーカーは動物病院が販売するために製造していますが、いつの間にか転売されるようになり、ネット通販やペットショップ、ホームセンターなどで簡単に購入することができるようになってしまいました。

高額転売にはコロナ禍による世界的なペットブームが関係

――菖蒲谷さんはいつ、ペット療法食の高額転売を知られたのでしょうか?
菖蒲谷さん:以前から薄々感じてはいましたが、今年の7月末にAmazonで超高額転売品を見つけました。

――高額転売されるほど、いま療法食の流通が不安定になっているのはなぜなのでしょうか?
菖蒲谷さん:メーカーは「コロナ禍でペットブームになり、供給が追いつかなくなった」と説明していますが、正確には「コロナ禍でペットブームとなったことで一般食の需要が伸び、一般食の原材料が枯渇し、一般食より需要の少ない療法食の生産が追いつかず、供給が追いつかなくなった」ということだと考えられます。

――コロナ禍によるペットブームの影響が、こんなところにも表れているのですね…。
菖蒲谷さん:特に、欠品が多い缶詰療法食は製造や検疫に時間がかかり、再入荷の目処が立っていないものも多くあります。転売屋がそこに目をつけ、買い占め、飼い主様の足元を見るような金額で売りはじめたので、品薄に拍車がかかりました。

転売されていたロイヤルカナンの缶詰

――療法食が手に入らない飼い主さんからは実際、どんな声が寄せられていますか?
菖蒲谷さん:代替品を食べない、調子が悪くなった、高額転売品を購入してお金がなくなり、検査や投薬などの必要な医療が受けられなくなったといった声が寄せられており、中には愛する家族を亡くしてしまった方もおられました。

――特に入手が困難となっているフードメーカーや商品などは?
菖蒲谷さん:ヒルズの缶詰(特にシチュータイプ)はほとんど欠品で再開の目処が立たず、高額転売屋の所持している在庫が全てだと思われます。ロイヤルカナンはほぼ全製品が復旧していますが、まだ供給に偏りがあり、手に入らない地域も多くあります。

中には3万を超えるものも

――転売を見かけたら、どんな対応をしていくことが大切なのでしょうか?
菖蒲谷さん:「欲しくても買わない」です。また、高額転売を地道に事業者へ通報すると、問題視してくれる可能性が高くなります。その際は決して感情的にならず、誹謗中傷のようなことをせず、淡々と通報することが大切です。

――では、療法食が手に入らず、転売に手を伸ばすしかないと考えている飼い主さんはどうすればいいのでしょうか?
菖蒲谷さん:まず、かかりつけ医に相談してください。安定供給している代替品を提案してもらえます。しかし、特定の製品でないと食べなかったり治療がうまくいかなかったりする場合で、かつ、かかりつけ医でも手に入らなければ私にご相談ください。ヒルズ製品以外なら、大抵はご用意が出来ます。

ちなみに、Twitter上では不要になった療法食を譲り合う流れも見られていますが、きちんと処方されており、お互いが合意できれば私は問題ないと考えています。ただし、念のためかかりつけ医には確認したほうが良いです。

地道な活動により一部サイトで療法食の出品が禁止に

――今回の出来事を受け、菖蒲谷さんは犬猫の療法食の高額転売の禁止を求めるオンライン署名活動をされたそうですね。
菖蒲谷さん:署名は、26000筆以上集まりました。

初めは賛同してくださる方が少なかったのですが、新聞やYouTubeに取り上げられたり、署名以外の地道な活動が評価されたりし、今ではTwitterの通知が鳴り止まないくらい応援のメッセージも届いています。賛同いただいた皆様には感謝の気持ちしかありません。

――温かい応援もたくさんあったそうですね?
菖蒲谷さん:たくさんの方が療法食を寄付してくださったり、ネット通販のプロの方が匿名の電話で各サイトでの販売での注意点などを丁寧に教えてくださったりしました。

私のポリシーに反するので固辞しましたが、寄付金の申し出もありました。他にも、単身赴任先から応援の差し入れを贈ってくださったり、賛同してくださった弁護士の方から法律的なアドバイスをいただけたりしました。

『みどりのマキバオー』で知られる漫画家・つの丸先生や手塚治虫先生の娘さん・るみ子氏も本活動に賛同し、拡散してくださり、ありがたかったです。

―――活動中、転売屋と直接やりとりをされていたそうですが、相手はどんな反応だったのでしょうか?
菖蒲谷さん:中には「手に入らない療法食を動物病院の代わりに提供しているので、むしろ良心的だ」と自己肯定をしている方もいましたが、それは大きな間違いです。

動物病院に供給され、飼い主様に定価で提供されるはずの製品を何倍もの値段で売り付けるのは、良心的だとは言えません。

――菖蒲谷さんの努力もあり、まずメルカリでペット療法食の転売が禁止になりましたが、そのニュースを見た時はどう思われましたか?
菖蒲谷さん:署名活動や高額転売屋への直接注意・通報、かかりつけ医の了承が必須の送料無料の定価販売を試みるなどの地道な活動が身を結んだので、思わずTwitterで「メルカリに勝った」と発言してしまいました。

この発言は若干波紋を呼んでしまいましたが、高額転売屋だけでなく、1ヶ月間、メルカリ事務局やかかりつけ医を通さずに自己判断で安く手に入れようとする飼い主さんとやりとりをしてきたので、思わず出てしまった言葉でした。

――そうした言葉が出るほど、心身共に奮闘されていたということですね。
菖蒲谷さん:心が折れそうになることは何度もありましたが、自分たちの活動が認められ、多くの飼い主様や動物を高額転売から救うことができ、本当に良かったです。ただ、一方で「療法食の行き場がない」という声があったので、再活用や寄付などの仕組みを作るべく、計画中です。

高額転売の裏には「転売屋」以外の原因も

――菖蒲谷さんにはペット療法食の高額転売を突き詰めていったからこそ、分かったことがあったそうですね?
菖蒲谷さん:私は初め、この問題は全て高額転売屋のせいだと考えていました。しかし、そんなに単純なことではなく、複数の問題が絡み合って起きていたのだと気付きました。

――それはどういった問題でしょうか?
菖蒲谷さん:まずはメーカーの問題。メーカーは独占禁止法の壁があり、一度拡がった販路を制限できません。実は動物病院とメーカー直販以外の販路(=獣医師の診察を伴わないネット通販、ペットショップ、ホームセンターなど)での販売は、すべて「転売(二次流通)」。

転売がなければ今回のような事態も起きなかったでしょうし、販路が動物病院と直販だけなら供給すべき量も計算でき、コロナ禍のような非常時でも品薄にならなかった可能性が高いです。

ロイヤルカナンやドクターズケアでは一旦終売することにより独占禁止法を解除し、リニューアル時に動物病院と直販のみで製品を購入できるように切り替える取り組みも行われています。

製品販売の場を縮小すると、メーカーとしては必ず売上が下がりますが、それ以上に療法食を適正に販売したいという想いが感じられるので、動物病院としても賛同したい取り組みです。

――なるほど。他にはどんな問題があるのでしょうか?
菖蒲谷さん:もうひとつは、飼い主様の問題です。今回多くの飼い主様とやり取りし、動物病院の処方を受けずに自己判断で転売品を購入したり、安く手に入れたいorポイントが欲しくて転売品を購入したりしている方が多いことを知りました。

転売屋が療法食に目をつけたのは、動物病院を通さず安易に購入できる仕組みがあるからだと思います。動物病院から在庫を奪ってしまえば、転売屋は自由に相場を決められるので、高額でも購入するしかない状況が出来上がります。

7倍以上もの価格で転売されていた製品もあったよう

また、もともと動物病院を介さずに購入していた飼い主様は後ろめたさから、動物病院に代替品の相談ができず、高額転売品を買い続けることで転売屋の需要を満たしてしまいました。

その結果、生み出されたのが療法食の相場が常に高騰しているという状況。現に、動物病院で安定供給となっても未だに高値で取引されている製品もあります。私は、こうした問題は食事療法を脅かす深刻なものだと捉えています。

――それはどうしてですか?
菖蒲谷さん:実は、動物病院の売上の中で療法食が占める割合は微々たるもの。在庫管理の大変さや期限切れによるロスなどのリスクも関係していますが、動物病院で食事指導を受けてサンプルだけ受け取り、その後は大手通販サイトやフリマアプリで製品を購入するという流れが、獣医師の食事療法に対する熱量を奪ってしまったと考えています。

――そんな事情があるのですね…。
菖蒲谷さん:しかし、私は食事療法は「投薬や手術等を行わなくても治療ができる優れた方法」だと思っており、生命の基本となる食事に関して専門家である獣医師がもっと積極的に介入するべきだと考えています。

そのためには自己判断や無処方での購入を制限し、動物病院が主体となって適切な指導のもとに療法食を販売する、本来のシステムに戻すべきだと思っています。

将来的には欧州やオーストラリアのように療法食に関する法整備を目指し、今後も活動していきます。


菖蒲谷さんは現在も引き続き、高額転売問題を解決すべく奮闘中。療法食が手に入らず困っている飼い主さんと向き合い続けています。

病気を患っている子が唯一、安心して口にできる療法食はまさに命綱。本当に必要とする子が必要な量をしっかり確保できるサイクルを築いていけるよう、猫飼いさん全員でこの問題を考えていきたいものです。