千葉県市川市には、多くの人から愛されている三毛猫が。その子の名前は、ミケちゃん。元野良猫のミケちゃんは8年前、「やすらぎ治療室」のオーナー冨森猛さん(通称:やすらぎさん)と出会い、治療院で暮らすようになりました。
そんな不思議な縁で結ばれたふたりの物語を漫画にした『ミケちゃんとやすらぎさん』が、2021年8月18日(水)にKADOKAWAより発刊。
漫画を手掛けたのはTwitter発の大人気猫漫画『拾い猫のモチャ』でおなじみの、にごたろさん。
現在5巻まで発刊されている、人気シリーズ作
本作には、やすらぎさんのコラムも収録。ミケちゃんとやすらぎさんという、ふたつの視点から2人が歩んできた「これまで」と心温まる日常を知ることができます。
今回はにごたろさんとやすらぎさんに、作品に込めた想いを取材。2人の胸の中には、深いミケちゃん愛がありました。
「幸せ」を感じているミケちゃんが傷つかない作品を
―はじめまして。今回は宜しくお願いします。早速ですが、にごたろさんは本作を描く際、記事やツイートで語られてきた内容をただ絵におこさないと決意されていたそうですね。
にごたろさん:僕自身、もともとミケちゃんファンのひとりで色々な記事を拝読していましたので、これまでの経緯はある程度知っていました。だから、いざ書籍化された時、いちファンとしてそれらをただなぞっただけの作品を読みたいだろうかと思いました。
―なるほど。
にごたろさん:また、記者の方がまとめた素晴らしい記事を勝手に引用するのはもってのほか、了解を得て紹介という形も全く考えていませんでした。取材で感じたことや実体験に通ずる部分のみを描いたほうが、より多くの方々に共感していただけるのではないかという想いが自分の中にあって。
―ミケちゃんは生まれつきだと思われる要因で3本足ですが、にごたろさんはそうしたハンデも強調したくないと思われたそうですね。
にごたろさん:僕の中にはもともと、身体的なハンデというものをあまり意識したくない、意識して欲しくなかったという気持ちがありました。そして、ミケちゃんはハンデや境遇を全て受け入れて生きてきたはず。
例えば「私は3本足だから…」とかいったセリフは、きっと言わないと思うんです。
―たしかに。いつもニコニコと笑っていますもんね。
にごたろさん:不便なことや思うようにいかないことはあったけど、何はともあれ今日も無事に過ごせて良かったとか、幸せな方向に気持ちを向けて生きていると思うんです。
幸せだと感じている子に「あなたはみんなと違う」とか「あなたはかわいそうな子」とか思ってほしくありませんでした。
誰かを思うから生きたくなる「明日」がある
にごたろさん:作品を描く際、古参ぶって、いちからミケちゃんを語るのはやすらぎさんをはじめ、ミケちゃんを見守って来た地域の方々に失礼だと思い、「あくまで自分はいちミケちゃんファン」というスタンスを最後まで崩さずに取り組ませていただきました。
―特にどんな点を工夫されたのでしょうか?
にごたろさん:色々な方に読んでいただきたかったので、あまり難しい説明やセリフを入れないようにし、その分、表情や立ち姿、背景などの絵で心情をより直感的に感じていただけるようにしました。
―にごたろさんの漫画にはミケちゃんの視点も盛り込まれており、心にぐっとくるものがあったのですが、ご自身の中で特に印象に残っている作品は?
にごたろさん:最初のほうは「明日が来なくても大丈夫なくらい生きた」と語っていたミケちゃんが「明日が待ち遠しいよ」と語りかける心境の変化を描いた場面です。
ちょっとフィクションっぽいんですけど、「そう思わせて下さい」という想いを込めて描かせていただきました。
誰かを思う時、初めて自分の命というものを愛しく感じるのではないでしょうか。
―誰かと生きたいから、生きていこうと思うことってありますよね。
にごたろさん:僕はミケちゃんがやすらぎさんに全力で駆け寄ってくる動画を見る度に、どうしようもなく涙が溢れてくるんです。
【ミケちゃん想い出動画集⑥】
早朝駆け寄ってくるミケちゃんです。いま見返しても切なくなります。 pic.twitter.com/ZwJdLRuwQG— ミケちゃん (@ojm52811) June 11, 2017
自分にも、そんな猫がいたなぁと思って。家では飼えないので、こっちからアクションはしませんでしたが、それでも必死に寄ってきてくれて。「うち飼えないとこだから、ごめんね」と何度も謝っていたら、見かけなくなりました。
―それは、もどかしい気持ちになりますね。
にごたろさん:何も出来なかった自分がやるせなくて歯がゆくて、やすらぎさんに駆け寄るミケちゃんの動画を見るたび、当時の自分に対する悔し涙が溢れてきます。
だから、ミケちゃんのために市に届けを出したり病院に連れて行ったりし、病気を患った際にはSNSなど活用出来るものを駆使して治療費をやりくりしたりと、具体的な行動を起こしたやすらぎさんには本当に尊敬の気持ちしかありません。
悲しい事件の抑止力に繋がる一冊になってほしい
―にごたろさんがこれまでに手掛けてきた『拾い猫のモチャ』は創作漫画ですが、今回は実話ということで創作漫画以外の猫漫画を描かれてみて、どんなことを思われましたか?
にごたろさん:『拾い猫のモチャ』は創作漫画ではありますが、全て実体験に基づいたシチュエーションで描いているので、実は逆に「ミケちゃんとやすらぎさん」の方が創作寄りな作り方をしているんです。
―なるほど!そうだったのですね。
にごたろさん:しかし、実在する人物や猫を描くため、綿密な取材と打ち合わせによる事実との擦り合わせには細心の注意を持って取り組ませていただきました。何度も何度も描き直して作り上げていくうちに、「このセリフは絶対言わないな」というようなことが自然と分かるようになっていきました。
―ミケちゃんの気持ちに寄り添ったのですね。
にごたろさん:そういう言葉やシチュエーションを引き算していった結果の最適解が本作だと思っています。もちろん説明の足りない部分もありましたが、魂を込めたやすらぎさんのコラムで見事に補完していただきました。
―本作は人と猫の絆物語であるからこそ、動物との関わり方を改めて考えたくもなりますね。
にごたろさん:昨今のニュースでは痛ましい事件をよく耳にするようになりましたが、その多くは自己中心的で身勝手な考え方や行動が原因である場合がほとんどのような気がします。
自分と同じように、どんなに小さな生き物にも心があって、同じように喜んだり悲しんだりしながら生きているという想像力を持つことは少なからず、悲しい事件の抑止力に繋がるのではないかと考えました。
そういった想いを感じ取っていただくには、やはりミケちゃんとやすらぎさんの絆をありのままに伝わりやすく描くことが、最も効果的で重要だと思いました。
多くの方に読んでいただきたいのはもちろんですが、特に小さなお子様にぜひ読み聞かせてあげてほしいです。
―親子で読み、命の大切さについて話し合うのもよさそうですよね。では最後になりますが、いつも応援してくれているファンの方々に、何かメッセージをお願いします。
にごたろさん:僕は母を亡くし、改めて命や日々の生き方や積み重ねの大切さを考えるようになりました。今の僕にとっての幸せは、日々コツコツと目を凝らして大切にかき集めた小さな幸せの結晶のようなもの。それは、これまで僕自身が無意識に踏みにじったり蔑ろにしてきたりしたものでした。
『拾い猫のモチャ』から本作を知った方、ミケちゃんから『拾い猫のモチャ』を知った方もおられると思いますが、本作との出会いをきっかけに、何かひとつでも小さな幸せを見つけていただけたなら、これ以上ない幸せです。
ミケちゃんにも書籍化を報告!
―この度は、書籍化おめでとうございます!
やすらぎさん:まさか書籍化されるなど全く考えたこともなかったので、驚いています。
―ミケちゃんにも書籍発刊を報告されましたか。
やすらぎさん:見本誌を見せて「ミケちゃんが本になったんだよ」と伝えました。
―本作はカメラマンさんが撮影したミケちゃんのお写真も楽しめる作りになっていますが、ミケちゃんは撮影中どんな様子だったのでしょうか?
やすらぎさん:ミケちゃんは普段から撮られ慣れているので、撮影時に特別苦労はしなかったのですが、いつもはスマホなので立派な一眼レフカメラにちょっと驚いたみたい。いつもより表情は固めかもしれません(笑)
―収録作の中で、やすらぎさんがぜひ見てほしい写真や漫画は?
やすらぎさん:写真は21ページ。ミケちゃんの前向きな性格が表現されていて好きです。漫画は59ページの、他の猫ちゃんにごはんを分けてあげていた野良猫時代の4コマ漫画です。
動物から学ぶ「命の大切さ」
―やすらぎさんの温かいコラムも本作の見どころですが、ご自身が特に読んでほしいと思うコラムは?
やすらぎさん:62ページの「ミケちゃんの眼差し」と74ページの「自転車置場で」です。どちらもスペースの関係で写真の掲載が難しかったのですが、どうしても入れて頂きたかったので「文字数を削ってでも…」と締切ギリギリにも関わらず必死でお願いしました。
―コラムではミケちゃんと共にお外で生活していた野良猫さんのお話も収録されていましたが、こうした猫さんたちを見てきたからこそ、やすらぎさんは野良猫さんに対してどんな思いを抱かれているのでしょうか?
やすらぎさん:みんな同じ命を授かっていて、一日一日を精一杯生きているんだと感じています。人間も動物も命の重さに変わりはありません。
―命といえば、本作にはミケちゃんが「甲状腺機能亢進症」を患った時のエピソードも記されていましたね。
やすらぎさん:昨年の夏に患ったのですが、その際には今までTwitterで交流したことがなかった方からも数え切れないくらいのコメントやお手紙、御守り、医療費の寄付などが届けられました。
お手紙を拝見し、皆様がミケちゃんをただのTwitter上のお気に入りの猫ではなく、家族のような身近な存在として考えて下さっていることを実感し、多くの人から愛されているのだと嬉しくなりました。
―番外編として掲載されている、今年の5月に亡くなった猫のミミちゃんとお母さまのエピソードも命の大切さを考えるきっかけを授けてくれますね。
やすらぎさん:当初、掲載予定はありませんでしたが、ミミちゃんが旅立ち、しばらくしてから編集担当の方が「ミミちゃんのことも本に入れますか?」とご提案してくださって。ミミちゃんのお話もきっと読者の皆様に受け入れられると思い、お受けしました。
お母さんをペットロスから救ったミミちゃん
―ミケちゃんやミミちゃんのニャン生を通して、やすらぎさんは読者の方にどんなことを感じてほしいと思っておられますか?
やすらぎさん:動物は一日一日を精一杯生きているんだと、今更ながら感じています。読者の方々に何かを感じてほしいというよりも自分自身、今日を大事に生きなければと思いました。
―改めて、ミケちゃんと過ごしてきた「これまで」を振り返り、どんなことを思われますか?
やすらぎさん:いつも前向きなところや決して相手に迷惑をかけない気遣い、自分で決めたルールをしっかり守ることなど、教わることがとても多かったように思います。
―ミケちゃんの前向きな姿や日常の中で見せる「ひまわりスマイル」から私たちが学ぶことは多いような気がしますよね。最後になりますが、読者やファンの方々に何かメッセージをお願いします。
やすらぎさん:出版後、読んでくださった方々のコメントやレビューを拝見して何度も胸が熱くなりました。本当にありがとうございます。
感涙秘話が強調されすぎていないのに自然と涙が溢れる本作は、「優しさ」を形にしたかのような本。1ページ目を開いた瞬間から、心に何かを残してくれます。「涙が止まらない」という言葉はよく使われますが、悲しい涙ではなく温かい涙がとめどなく零れ落ち、改めて動物の命の大切さを考えたくもなるはず。
ある町の片隅で出会った、優しい猫と温かい人の絆物語。ぜひ、みなさんも手にとってみてください。